Sanctuary*

育児と編み物と音楽と。 日常の事を綴ってます。

自己価値感

突然だが、私は自己価値感がとても低い。

これまで自分でずっと生きずらいと感じていた原因のひとつに

この『自己価値感の低さ』があると思う。

自己価値感とは、簡単に説明すると

『自分で自分の価値を感じられるかどうか』という事。

『自己肯定感』と言ったほうが分かりやすいかな?

この自己価値感が低いとどうなるかというと

『自分は価値の無い人間である』

と常に思っているような状態になる。

私の場合は、自分で自分の価値を認めてあげられないから

他人から認められようと必死になった。

実際私は他人に認められたいがために

物凄い努力が出来てしまう…事がある。

認められたい人に認められる為なら、かなりの無理も出来てしまう。

でもそれって、本当に虚しい事だな…と気付いた。

だってそれは

「自分の価値は他人に認められるかどうか」という事だから。

そして

「人に認められない自分は無価値」と思ってしまっているから。

自分で自分の価値を見出せていない上に

人が認める価値を基準に、生きているって事になる。

なんて自分が無いんだろう…そう思わずにはいられなかった。

この事に気付く良いきっかけになった出来事がある。

本当に無意識に、私が夫に言った言葉。

「私一人の為に食材を使う事が勿体無い」

夫と二人分ならご飯を作ろうと思えるのに

自分の為にご飯を作ろうとは思えない。

それは自分なんてどうでもいいと思っている証拠じゃないかと思った。

そして、昔から極端に自分に自信が無かった。

極端な自信の無さも、自己価値の低さからくるものだと思う。

根底にいつも「私はダメな人間だ」という思いがあるから

自分の言動に自信が持て無かったんだと思う。

何かと人に「これで良い?」と確認をして

OKを貰わないと、安心出来ない部分があった。

(勿論全てがそうではないけれど)

更に昔は今よりもっと自己価値が低くて

自分はゴミ屑同然の存在だと思ってしまっていたから

基本的に、自分の代わりはいくらでもいると思っていたり

自己価値の低さから、他人も自分に価値を感じてないだろうと思い

気軽に人間関係を破壊したり、容易く自傷したりしていたのだと思う。

…でもこれらの行為は全部、自分に価値があると

自分自身が思いたいからやっていた事だったのかもしれない。

なんて歪んだものさししか持っていなかったんだろう…私は。

こんな風に本格的に病んでた時期より今はずっと、自己価値感は上がったように思うけれど

それでもまだまだ低いのだと思う。

私のこれからの生きる課題は『自己価値を上げる事』だ。

自分で自分を価値ある存在だと思えるようになるには

自分を愛せて、自分を信じる事が出来るようになる事だと思う。

でも、どうしたらそんな風に思えるのか。

人に求められたり、認められたりする事以外で

そんな風に思えるようになるのか…。

今の私には解らない。

でも、原因に気付けたのなら

治す事は出来るはず。

「私なら出来る」と少しでも思えるように。

「私なんかに出来る訳が無い」と

全てを諦めないように…。

負けたくない。